数千年の時の流れを超えて呼吸するかのようなグレゴリオ聖歌に始まり、華麗ではあるが調和と恒久を指向しつづけたバロック、そして秋の深い青空を背に熟柿の境地を切り開いたクラシック、そしてまた、これを止揚しつつ円的熟柿の境地から線的不滅の境地を切り開いたロマンティック等々と流れ続けてきた音楽史の大きな流れの中にあって、われわれ20世紀後半の音楽界は、政治経済社会等々の全領域に見られる閉塞状態に飲み込まれ、徒らに自己分裂的刹那的消耗品的領域を徒消するあまり、音楽芸術そのものに付与されたる崇高な使命をほとんど忘れてしまったのではなかろうか。
時代を切り開くためには新奇なものは必要かもしれない。しかし音楽芸術に課せられた最大の使命は徒らに奇を衒うことではなく、飽くまでも真なるもの善なるものを内包する美と調和への不断の挑戦でなければならない。音楽がその使命をここに徹することによってのみ、それは社会の混迷に曙光を呈示しうるであろう。
1982年12月4日
顧問 島崎篤子